「葬送」 平野啓一郎
実は2年ほど前からピアノを習っている。
私が小学生の頃は、女の子の習い事ナンバーワンは、なんといってもピアノだった。
ご多分に漏れず、私も習っていたのだが(なんと3歳から……)数度の引っ越しのおかげで辞めてしまった。
それから幾星霜……。あの時から、ずっとピアノを続けていたら、のだめ(「のだめカンタービレ」というマンガの主人公)も真っ青な弾き手になっていたかもしれないな~との妄想がふくらみ、ついに、ピアノ教室の門戸を叩いたのだった。
しかも、小学校当時習っていた先生のところへ……。おかげでいい年なのに、未だに「葵(仮名)ちゃん」などと呼ばれる……。
ちなみに、「のだめカンタービレ」に触発されて始めたわけではない。直接のきっかけは「北京ヴァイオリン」という映画である。どっちにしても、ミーハーな私……。
2年経った。
全然上達しない……。
思い返してみるに、3歳から始めたくせに、私は子どものころもヘタクソだった。
(ヤ○ハ音楽教室で落第したこともあったくらいだ……屈辱的だった)
そんな私が、過去の無いに等しい貯金をあてにして、始めたところで、上手く弾けるわけがないのだ。気づくべきだった……!
それでも、シューマンのトロイメライだとか、ドビュッシーの月の光だとかを悪戦苦闘しつつ弾いている。(遅い曲じゃないと指が回らないので、こういう選曲ばかりしているのだ。モーツァルトのトルコ行進曲で四苦八苦する私……)
そんな私には、手を出せない作曲家がいる。
ショパンとリストである。(一回だけショパンのマズルカは弾いてしまったけど)
後者は簡単な話、難しすぎて手が出ないだけなのだが。
ショパンは申し訳なくて弾けないのだ。
そもそも、ピアノの世界では、ショパンは別格である。神様みたいなもんである。相撲における雷電為五郎といった感じ。(この例、適切かなあ……?)
たとえば私がたどたどしく「ノクターン9番」なんかを弾いてしまったら、畏れ多いのだ。もうちょっと上手くなってから弾かないと、曲にたいして失礼だろう!私!
「雨だれの前奏曲」も「子犬のワルツ」も「ポロネーズ」も「別れの曲」もみんな上手くなってから弾くために、取っておきたいのだ。
ドラクロワの日記等を読み込んで(もちろんフランス語だろうなあ……)、ショパンの死までを刻銘に綴った作品だ。
その中に、ショパンが予約演奏会を行うシーンが描かれる。
平野氏、若ぶっているけど、もしかすると、本当にこの演奏を聴いたのかもしれない。 と、思うくらい音が聞こえるような描写をしている。
そうか、そんなにすごい演奏をショパンはするのか……。シューマンが「諸君、脱帽せよ!天才だ!」と評したらしいけれど、なるほど、本当に天才だったんだろうなあ……
美しい人の美しい演奏……。ステキだ……。メロリンQだ。
以前、新井理恵のマンガ「×」でショパンがおちょぼ口のおっさんに描かれていて、かなりの衝撃を受けた私だが、今回、平野さんが「美形だ!」と断言してくれたので、また夢を見られそうで、嬉しい。ありがとう!
さらさらの金髪を耳にかけながらの演奏!トレビアーン!
それにしても、文章で書かれた演奏に感動してしまった私は、ますますショパンが弾けなくなってしまった……。
ああ……いつになったらショパンが弾けるんだろう……弾く前にお墓に入っちゃうかもしれないわ、と嘆くくらい、私の絶望は深い……。
蛇足だが、平野氏には、是非、若かりし頃のショパンとリストの話を書いて欲しい。 互いへの羨望と反発!そして、決別!
これは乙女がかならず飛びつく、良いテーマだと思うんだけれど……。
いや、平野氏よりも、竹宮恵子あたりに書いてもらった方がいいかしら……? (竹宮氏の「風と木の詩」のオーギュのモデルはリストに違いないと、私は思っているんだけど……)