富士山~日本一の焼印集め~
山に登るようになって、だいたい5年。
ついに日本一の山を極めることになった。
昨年までの私は「富士山にはあまり興味がない」などと言っていた。
聞くところによると、ひたすらザレ場を登るだけの単調な登山道で、とにかく人が多く、大渋滞するからつまらない、らしいので、「まあ、富士山は眺めればいいかな」なんて生意気な事を嘯いていたのだ。
しかし、なんだかんだ言っても日本一の山。その高さは3776mと随一で、日本人はみんな子どもでも暗記している。(ちなみに2番目に高い北岳は3,193mなので、ダントツだ)
遠くからでも際立つ美しい円錐形の姿。目にすると「富士山だ!」と誰でもすぐにわかる。
私も、大阪へ向かう飛行機から富士山を見たとき、一人で大興奮して写真を撮りまくった。
富士は日本一の山!富士山は特別!
やはり、一度くらいは登っておかないといけないのではないか。
一度も登らずに、つまらない山だと勝手に評するなんて、失礼極まりないのではないか。
そんな思いがむくむくとわき上がり、そして、どんどん膨らみ抑えきれず、今年、ついにその頂に向かうこととなった。
※今回は日本一の山のため、私の熱量がハンパなく、かなりロングな文となっております。すみません。
今回の富士登山のメンバーは3人。
実は、今年すでに一度登っているチャーミー巨匠が導いてくれる予定だったのだが、都合により、直前に欠席となってしまった。
残りのメンバーである私とリティーとイト坊の3人のひよっこ達は、チャーミー巨匠作成の異様に細かいマニュアル(前回の登山記録)の指示により、頂上を目指すことになった。
チャーミー巨匠のマニュアルは、とにかく精緻でスバラシイ出来だ。なにしろ、パーキングエリアのお茶(無料)にて休憩、ということまで書いてある。さすが巨匠だ。細かいところまで抜かりは無い。
8:30 富士山パーキングから5合目までのシャトルバスに乗る。
今回のルートは最も初心者向けだという富士吉田口からの1泊2日だ。
このルートの場合、ガイドブックなどではお昼頃から登り出せばよい、と書いてあるが、余裕を持ってゆっくり登るために、早めのスタートを切った。
3700m超なんて高所には行ったことがなく、自分かどうなっちゃうのか予想がつかないので、できる限りの安全策をとることにしたのだ。
しかし、富士山には必須だと思われる酸素を誰一人持参していない。慎重なんだか、いい加減なんだか…
9:15 5合目着
ものすごい混雑である。ここが2305mの高所であることが嘘のように、人であふれかえっている。
シャトルバスだけではなく、団体の大型観光バスもどんどん到着し、芋洗いの如き様相だ。もちろん、インバウンドの皆さんも大勢いる。
とりあえず、高所順応も兼ねて、ゆっくり朝食を食べ(うどん)、私たちは最初のミッションに取りかかる。
それは、金剛杖を買うこと!
これは、チャーミー巨匠が「絶対にやるべき!」と強く主張されていたことだ。
富士山の山小屋では、それぞれ焼印があり、これを杖に押してもらいながら頂上を目指すことが出来るのだ。簡単に言うと、焼印スタンプラリーだ。
特に今年は「令和元年」の焼印が押してもらえる。どうせ登るなら、絶対に今年中がいい、とチャーミー巨匠は声を大きくしていた。
事前に、巨匠が先日集めたという焼印が押された金剛杖の写真を見て、私たちは「これは、絶対にやりたい!」と一気にやる気になった。カッコいいのだ、すごく!
5合目の売店では、いくつかのサイズで売られていたが、私はトレッキングポールを持っていたので、ミニタイプ(50cmくらい)のものにした。
リティーとイト坊はロングタイプ(杖状)を購入し、準備は万端だ。
さあ、焼印集めの旅に出かけるぞ。
10:15 馬たちの横を通って、登山開始だ。(6合目まで、馬に乗って行けるのだ。有料)
はじめは平坦な道なので、事前学習として見てきた「アメトーーク 富士山芸人」の話などをしながら、ゆっくりと歩く。
対向する人々は、多分、頂上から帰ってきた人だ。何だか目がうつろな人がちょいちょいいる。
「富士山に登るとめっちゃ疲れる」と声高に叫んでいた勝●さん(前述の富士山芸人にて)のことを思いだし、ちょっとオソロシイ気持ちになる。
いや、これは武者震いだ。水●橋博士(こちらも富士山芸人にて)は小学生の子どもと登ったと言っていたではないか。大丈夫だ、私。と自分に言い聞かせる。
11:00 6合目 安全指導センターに到着。
朝はぴかぴかの天気だったが、このあたりから下降気味で、まわりはガスが少し出始めてきた。まあ、雨は降らないであろう。
ここからが富士山登山だ。
目の前に、ばばーんと山頂までのルートが一気に広がる。森林限界を過ぎているので、遮るものはなく、あの円錐形の斜面をひたすら登りまくる登山道がしっかりと見える。
先は途方も無く遠いような気がする。が、考えようによっては、ゴールとおぼしき地点が確認できるので、気持ちは楽なのかもしれない。
最初の山小屋である花小屋まではザレ道をつづら折りに登る。
12:00 花小屋着 7合目。標高は2700m。
ここで初めての焼印をいただく。
思っていたよりも細部までくっきり押され、不動明王の憤怒の表情もばっちりだ。
一気にテンションがあがり、お互いに焼印を見せ合って喜ぶ。同じ印を押して貰っているのだが…。
「これは楽しい。焼印集め、最高!」
「下から押していって、一番上に頂上の印を貰うぞ」
「小屋ごとにデザイン違うんだよね。楽しみすぎるじゃないか!」
ここからは山小屋がだいだい10~15分間隔くらいで次々に現れる。
ちょっと上を見上げば、すぐに次の小屋が見えているのだ。次の目標が近い、というのは気持ち的にとても楽だ。
焼印をもらって、次の山小屋へ、というラリーを繰り返し、どんどん登って行く。山小屋ごとに焼印を貰っているので、休憩もしっかり取れており、全然苦しくない。
本来、焼印をもらわずに、ストイックに登り続ければ、この急坂はかなりキツいのかもしれない。足下はごつごつした岩場だ。(溶岩?)
焼印集めをしてよかったな~。全く苦にならなかった。むしろ、楽しい行程だ。
13:15 7合目東洋館にて昼食。小屋で「どん兵衛」縦タイプを購入して、すする。
ここで私はどんどん大きくなっている不安について、同行の2人に相談することにする。
「棒(金剛杖ミニ)に焼印を押すスペースが無くなって来た。頂上までもたないかもしれない…」
「やっぱり。そんな気はしていたよ」
「予想外に、1つの小屋で2つ押してくれたりしたからねえ…」
金剛杖を売っている山小屋もあったが、ロングタイプのみで、私の求めるミニは7合目にいる現在では入手困難になっている。
ロングタイプは邪魔だし、すでにミニで収集を始めちゃった今頃になって、ロングタイプに移行はしたくない。
「なぜ、最初の段階で気づかなかったのだろう…。このことは、次回への反省点として、心のノートに書き留めておくよ」
相談したところで、解決には至らない。
ロングタイプを最初から購入している2人は嬉しそうに、残りの山小屋の数からして、裏面はこのあたりから押してもらえば、頂上でばっちり一番上だ、などと話している。
うらやましい…。2人に気づかれないように、こっそり涙をぬぐう。(誇張表現)
性能的には劣るとわかっていても、ストックは家に置いてきて、金剛杖をついて登るのが、富士山の正解なのかもしれない。
15:30 8合目の元祖室到着。本日は、ここで宿泊だ。
通常の山小屋では遅いくらいの到着時間だが、富士山の山小屋でのこの時間の到着は早い方の様だった。案内されたカイコ棚のような宿泊場所には人はまだ少なかった。
この時点での私の金剛杖の焼印状況はすでに満員御礼。この元祖室の焼印すら押して貰える余地はない。
元祖室では、ここのみの焼印が押された激ミニ棒が売られているので、とりあえずそれを購入しようと売店に行ったところ、隅の方に小さな棒(25cmくらい)が積まれているのを発見する。
声を震わせながら「この棒は売っていますか?」と聞いたところ「売ってます。300円」との返答が即座に返ってきた。
ジーザス!神は我を見捨ててはいなかった!
この山小屋を宿泊先に選んだ采配に感謝する。
これでなんとか頂上まで焼印の旅を続行できる。
嬉しくて、ついつい夕食時(カレー)にリティーとビールで祝杯をあげる。ガイドブックには「高所では飲酒を控えましょう」と書かれていたことが、頭の片隅をよぎるが、冷えたビールの誘惑には勝てなかった。いいの、祝杯だから。
午前1:30 ご来光登山のための起床時間。
真夜中という言葉が正しい時間に、山小屋では容赦なく電気が点き、出発を促す。(30分だけ。その後は再び消灯)
正気の沙汰ではない時間だが、私たちもこの時間に合わせて山小屋を出発した。
全然眠れていないので、もう何時出発でも何の問題もない。
さすがの私も「ギョウザ」とあだ名される詰め詰めスペースの上に、他の皆さんの物音やいびき(眠れている人もいるのだ…)で、しっかり眠ることは無理であった。まあ、横になって休めたので、体力は回復しているはずだ。多分。
イト坊は「隣のマッチョな外国人(フランス人?)がこっちを向いて寝ているから、気まずかった…」とこぼしていた。ここで国際交流はちょっとハードルが高かったか?
小屋の外に出ると、暗闇の中、昼間より遙かに多くの登山者達が列を成して、登山道を登っていく。
これが噂のヘッデンの行列か。
日本で一番高い場所近くで、こんな真夜中に大量の人がうごめいている。よく考えたらものすごく奇妙な状況だ。
天気は良好で風も無く、星がものすごく綺麗だ。
夏だというのに冬の大三角形が大パノラマで広がっている。とりあえず「オリオン座!」と、最も有名な星座を指さして楽しむ。
しかし、本当は双子座のカストルとポルックスを見て、「ベルサイユのばら」を思い出していたのだが、そのことは口に出せなかった…。
きみは~ひかり~ ぼくは~かげ~ はなれなれない ふたりのきずな~♪ オスカーール!!
こんな高所でも、マニアな自分を褒めてあげたい…。
富士山の山小屋は驚きの24時間営業で、こんな夜中でも登山者の杖に焼印を押してくれる。
元祖室で入手したミニミニ金剛杖にはどんどん焼印がたまっていく。嬉しい。
しかし、ミニミニ金剛杖は本当にミニミニなので、一つ押して貰うごとに、残りのスペースに対する不安が増す。
最後の山小屋である、8合5勺の御来光館で焼印を押してもらうと、なんとかもう1カ所は押せそうなスペースが残った。
このスペースで、山頂の焼印をゲットすればよいのだ。よかった。ここまで集めて、山頂の焼印がもらえないという悲劇的な事態だけは避けたい。
渋滞のろのろ登山であったが、9合目付近からは急にスピードアップし、ガツガツ登ると、そこは富士山頂だった。
だいたい時間は4:30。
ついに念願の山頂で久須志神社の「富士頂上」の朱い焼印をいただく。(正確に言うと、頂上の印は焼いていない。朱を打ち込む感じだ)
ミニミニ金剛杖の余白にぴったり収まり、焼印集めはこれにてフィナーレを迎える。
3人でそれそれの杖を眺め、ぐふぐふと満足の忍び笑いを漏らす。
「この杖を見ながら、ビール飲んだら最高の気持ちになると思う」
「家のどこに飾るか、今、真剣に考えてる」
もう、嬉しくてたまらない。
チャーミー巨匠、私たち、やりとげました!
5:15 待ちに待った御来光。
濃い藍色に覆われた世界に一気に光が差す。本当に嘘みたいに一瞬で闇が払われるのだ。
見ているだけでわかる。
太陽って絶対にものすごく熱い。
ぎらぎらあふれる真っ赤な光が、太陽のとんでもない力を私に見せつけてくるのだ。なんだか暑いのだ。見ていると。
そして、ある意味、完全な敗北感も感じた。
太陽には絶対に何者も勝てはしないのだ。
今日、生まれたての太陽をバックに、金剛杖を持って写真を撮るなんて、最高の一日の始まりだ。
御来光鑑賞後は、すっかり明るくなった朝の山頂で、お鉢巡りをすることにする。
アメトーーク富士山芸人では「頂上まで行くと疲れ切っているので、お鉢巡りをする元気がなくて、行かない」と言われていたが、私たちはまだまだ元気であった。
多分、前日からゆっくりゆっくり登っているので、体力を消耗していないのだろう。焼印と御来光でテンションがあがりにあがっているので、アドレナリンが異常分泌していて疲れを感じさせないだけかもしれないが…。
ちなみに、心配していた高山病は私たちには全く無問題であった。
火口を覗いたり、静岡側の海が見える景色に歓声を上げたり(3人ともG県民なので、海に対する憧れは人一倍)して、お鉢を回ると、冨士浅間神社に到着する。だいたい6:30。
ここで私は重大な事実に気がつく。
浅間神社でも焼印押してくれてる…。
悲しいかな、私のミニミニ棒は先ほどの久須志神社ですべてのスペースを使い切っており、もう浅間神社の入る余地はどこにもない…。
久須志神社でフィニッシュじゃなかったとは。しかも、肝心要の浅間神社の印がいただけないなんて…。
呆然と立ちすくむ私を尻目に、ロングタイプで余裕がある同行の2名は杖に印を押して貰っている。
悔しいが、仕方ない。ここは諦める。
久須志神社でも山頂の印だ。二つ無くても、山頂は山頂なのだ。
「浅間神社で完全制覇かな」と私に見せつけてくるイト坊に少し殺意を覚える…。
いかんいかん。責めるなら、最初の段階でミニを2本買わなかった自分を責めなくては。
ちなみに、チャーミー巨匠は、巨大な板に焼印を押して貰うことを目論んでいたそうな。
「巨匠、どうやって、巨大な板持って登るつもりだったんだろう?」と、首をひねるリティー。巨匠だから、なんとかなるのだろう、多分。
7:00 馬の背を登って、最高峰の剣ヶ峰に到達。ここが3776m。
山頂の碑では写真を撮る人々が長蛇の列。普通に待っていたら、小一時間かかってしまうくらいだったので、写真はパスした。こればっかりは、どうしようもない。
そのままお鉢を時計回りに回ると、遠くに山並みが見える。絶景だ。
多分我がふるさとの山、赤城山のシルエットも見える。
「すごいな、富士山。高すぎるからなんでも見える」
「お鉢巡り、最高に楽しいじゃないか。この景色を見ないで下ったらもったいない!」
絶景を背景に、カンフーポーズやらトクホポーズ、金剛杖を使ったフェンシングポーズなどで、次々に写真を撮りあって遊ぶ。傑作写真が続々だ。
「名残惜しい。下山したくない」
あたりには寝転がって昼寝(朝寝?)を楽しんでいる人もいる。確かに、ここにただ寝そべるだけで、最高の気持ちになれるだろう。だって、ここは日本で一番高い場所。日本で一番空が近い場所。
名残惜しいが、歩いていれば、お鉢巡りは終了する。
8:10下山開始。
4:30の頂上着から、3時間半以上滞在していたことになる。楽しかった。楽しすぎた。
下山道はひたすら続くザレ場で、ジグザグと斜面を下っていく。
名物の大砂走りのふかふか道ではスピードをあげて下山できるらしいが、私は苦手で、2度ほど転倒してからは慎重に歩くことにした。
下山道は何もない。
登りにはあれだけあった山小屋が全く無く(地図によると、登り道と兼ねた山小屋があるようだったが、わからなかった)、エンターテイメント性は皆無だ。強いてあげれば景色だけが心のよりどころ。
山小屋の出店くらい欲しいところだ。
10:30くらいに6合目の安全指導センターに到着。
ここからは、元気いっぱいの行きの登山者たちとすれ違うことになる。
面白味の少ない下山道をガツガツ下ってきているので、ちょっとお疲れ気味の私。
富士山芸人で劇●ひとりが「下山道で膝が大爆笑」と言っていたが、確かに私の膝も、相当の笑い上戸状態だ。
「まずい、行きに言っていた「目がうつろな下山者」になっているかも…」
リティーとイト坊は体力が有り余っているのか、私よりもはるかに元気そうだ。奴らは私よりも若いからね…。
11:10 5合目に到着。だいたい3時間で下りきった。かなり頑張ったペースだ。
到着の祝いに富士山コーラで乾杯。
大満足で完璧な富士登山であった。
これから、富士山を眺めるたびに「あの頂上に立った」と思い出すことができるのだ。そして、シーズンなら、今、あの斜面を大勢の人が登っている、と思いを馳せることができる。
富士山は特別な山だ。
下山時はその頂上は雲に隠れて見えなかった。でも、その雲の中にある日本最高峰の場所まで登った。
手元にはその証の金剛杖がある。
今後はこの杖を眺める度に、にやにやして、頂上での最高の時間を思い出すだろう。そして、そのうちきっと、また、富士山に行くことになるだろう。
<コースタイム>
8:30富士山パーキング…9:15 5合目(買い物等1時間)…10:15富士吉田登山口…11:00安全指導センター(6合目)…12:00花小屋(7合目)…13:15東洋館(昼食)…15:30元祖室(8合目)宿泊
2:00元祖室…4:30山頂 久須志神社…5:15御来光(朝食)…6:30浅間神社…7:00剣ヶ峰…8:10下山開始…11:10 5合目