尾瀬ヶ原~雨ニモマケズ~
梅雨が明けたら山歩きを再開しようと思っていた。
しかし、待てど暮らせど、毎日空はどんよりと厚い雲が覆っている。天気予報によると、梅雨明けは7月いっぱいは無理そうらしい。
もう、こうなったら仕方あるまい。
雨だろうが、もういい。
待ちきれないので、とりあえず、行く。
時期的に尾瀬のアイドル、ニッコウキスゲが咲いている。この時期を逃すわけにはいかないのだ。
昨年は大江湿原のニッコウキスゲが見たくて、福島側の沼山峠から尾瀬沼方面へ行ったが、今年はG県側の鳩待峠からのスタンダードコースで行く。
東電小屋の手前あたりにニッコウキスゲが咲いているらしいので、それが楽しみだ。
それにしても、何度かニッコウキスゲの時期に尾瀬に行っているが、いつも雨に降られている。7月下旬はやはり例年梅雨が明けていないものなのかもしれない。
今回も「どうせカッパ着るから防寒のジャケットとか持ってこなかったよ」「私もジャケットない。でもゲイターはしっかり持ってきたよー」と同行のノムさんと語り合う。もう、雨は覚悟の上だ。
戸倉の駐車場でバスに乗り、なんだかんだで鳩待峠発は9:00頃。
人はまばらである。外出控えに加えてこの天候では当然か。多分、山小屋予約しちゃったしね、という人がほとんどなのだろう。私たちは、雨ニモマケズ日帰りで来ちゃったのだが…。
駐車場でバスを待つ間に、上下カッパ+ザックカバーを装着する。(ノムさんはゲイターも装着)
私は割と面倒がって、下のカッパ(ズボン)をはかないことが多いが、今回はもう完全装備である。だって、今日は完全に雨だから。
覚悟を決めれば、私もやるのである。
鳩待峠から山ノ鼻ビジターセンターまでは森の中である。それなので、木が天然の傘になって雨をあまり感じることなく、快適に進むことができる。
「木はありがたいねえ」
「雨だと緑が濃くていいねえ」
久しぶりの山歩きに、私とノムさんの機嫌は上々だ。
途中、「うぉぅ!巨大ナメちゃん遭遇!!」とノムさんが叫ぶ。
ノムさんの行く木道の上に、枯れた笹の葉のような薄茶色の細長いモノが横たわっている。
なんと、よく見ると巨大なナメちゃん(ナメクジさん)である。
その大きさ、およそ15cmくらい。普段、植木鉢の底とかにひっついているナメちゃんの数倍はある巨大さである。
「ここまで大きいと全然気持ち悪くないねー」
「擬態がうますぎて、誰かに踏まれちゃうよ。早く非難して」
「がんばれナメちゃん、もう少しで木道の端だぞ」
ノムさんと2人で応援するが、ナメちゃんはマイペースでゆっくり進むだけ。
「Good Luck!ナメちゃん。今日は人は少ない。幸運を祈るぜ」
超スローペースのナメちゃんにつきあいきれず、その場を後にした。
山歩き、楽しい。とても楽しい。
10:00 山ノ鼻ビジターセンター到着。
雨は小降りになっていた。まったく降っていないわけではないが「この程度なら、降っていないと私は判断するね」と堂堂と言い切れる程度の小雨だ。
ここから、尾瀬ヶ原を歩き出すと、前方に燧ヶ岳、後方に至仏山がそびえ立つ、最高のロケーションになる。
雨なので、そのあたりの景色は全く期待していなかったのだが、ほとんどやんでいる状態の小雨なので、山がそこそこ姿を見せている。
そして、周りには小さな花があちこちで咲き、湿原を黄色に染めている。
「キンコウカさん、かわいい!」
「アヤメ平じゃなくても、けっこう咲いているんだ!」
やっぱり尾瀬はキレイだ。
もやで薄ぼんやりとした湿原が、キンコウカの黄色でキラキラしている。
この時期にはビッグに生長しまくった水芭蕉や、下界より遙かに巨大な紫のアザミなどが木道のすぐ脇に顔を出している。
さっきのナメちゃんといい、尾瀬はすべてが通常よりビッグな世界なのかもしれない。やはり下界とは違う、異境感がある。
「尾瀬を舞台にした映画とかみたいねえ」
「登山映画がいっぱいあるんだから、尾瀬があってもいいよね。恋愛モノだね」
「都会から逃げてきた歩荷さんが主人公とか?」
「若手のイケメン俳優よね。岡田将●とかどうかな」
「イイね!彼は影があるね!」
尾瀬は平らなので、どんどん歩きながらアホ話がとても弾む。
ちなみに、この日は「ガラスの仮面」の一番好きな舞台についても語り合った。(私とノムさん2人の意見としては、「吸血鬼カーミラ」が高評価。乙部のりえについても語り合った)
10:50 牛首分岐
ここからメイン(?)の道を分かれて、ヨッピ吊橋、東電小屋方面に向かう。
この日は、そもそも人は少なめだったが、ここからのルートはさらに人が少なくなる。
尾瀬の木道は行きと帰りの人用に2本併設されていて、通常は1本を前後に並んで歩くのだが、今日は人がほとんどいないので、ノムさんと並んで、アホ話をしながら歩ける。
「ニッコウキスゲ、ほとんど咲いていないね」
「本当にレアキスゲだね。たまに、1本とか咲いているだけ」
などと話しながら歩いて行くと、突然、ニッコウキスゲの乱舞が目に飛び込んで来た。
「これはすごい!一面キスゲちゃん!」
ニッコウキスゲで周りが黄色の波である。
「ここだったか、キスゲちゃんの群生地!」
「極楽のようだねえ」
G県民に染みついている「上毛かるた」の「せ」は「仙境尾瀬沼 花の原」だ。
仙人がいる。ここは霞を食べる仙人の住む場所だ。
写真を撮りまくっていると、このあたりだけ、柵(電柵?)で囲まれていることに気づく。わかりやすく、柵の向こうはニッコウキスゲがほとんど咲いていない。
尾瀬の関係者の皆さんは口を揃えて「日光から来る鹿がニッコウキスゲを食べちゃうから、ものすごく減ってしまった。鹿害をどうするかが、大問題だ」と言っていたが、なるほど、確かに鹿が入れないようにした場所はニッコウキスゲが咲き乱れるようだ。
ニッコウキスゲに惑わされながら木道をどんどん進むと、柵で囲われたゾーンは終了し、ぱたっとニッコウキスゲは姿を消す。
うーん、鹿さんたち。容赦なく食べ過ぎだ。
12:00 ヨッピ吊橋を過ぎ、東電小屋に到着。
当初の予定では、ここでお昼ごはんにしようと思っていた。
しかし、この時点で小雨だった雨がかなりの本降りに。この雨の中、屋根のない場所でご飯を食べるのは辛い。
東電小屋でご飯が食べられないだろうか、と濡れ鼠の状態で、そっと中をのぞき込んだが(怪しい…)、中では食事ができる様子ではなかった。(宿泊のみのよう)
「屋根の下に入りたいよう」と指をくわえて、暖かそうな小屋内に入れる隙が無いかと目をこらすが、そこには日帰り客の場所はない。
「ノムさん、ここはあきらめよう。食事ができる小屋があると思われる見晴まで行こうじゃないか」
「そうしよう。暖かいモノが食べたいよう」
おやつのチョコレートを食べて空腹を紛らわせ、そそくさと東電小屋を後にする。
お腹空いた…。
12:45 見晴着。
さすが見晴。小屋が沢山あり、食事が出来る小屋もちらほら見える。
しかも、この時点で雨はかなり小降りに。
このくらいの雨なら外でご飯でもいいかな、と思っていたところ、弥四郎小屋の軒下に椅子があったので、そこを利用させてもらいお昼ご飯にする。
今回の私のお昼ご飯はホットケーキであった。
袋をもみもみして種を作って焼くだけ、という例の画期的商品だ。一度やってみたかった。
しかしながら、私は重大なミスを犯した。
肝心要の「油」を忘れたのだ。
結論から言おう。大失敗した。
油をしかないで焼くと、当然のことだが、張り付いてはがれない。そして、どんどん焦げていく。
ひっくり返せないまま、片面だけ焦げ付く…。
味は悪くなかったけど。(負け惜しみ)
次回、油を持参して、再度挑戦することを誓う。給食で良く出たマーガリンの個パックとかがあるとベストだろう。
ちょっと悲しい。
お昼をゆっくり食べて、14:00に見晴発。
相変わらず人は少ない。ちらほらやってくる人たちはみんな山小屋泊(またはテント)なのだろう。
「本当に毎回思うけど、どうしていつも周りに人がいなくなっちゃうのかな?」
「2時くらいには山を下りてないといけない、と言われているらしいけどねえ」
「最終バスの時間はおさえてるから大丈夫だよ。間に合わなかったことないもんね」
妙な自信が私たちにはある。
雨はほとんど上がり、木道をちょろちょろ歩くセキレイ(?)一家をのほほんと追いかけながら、鳩待峠を目指す。
14:40 竜宮(小屋は開いていない)
15:15 牛首
ここでようやく「あとどのくらいかかるか時間をみておく?」と地図を広げる。
そして、ようやく自分たちが置かれた状況に気づくことになる。
「ノムさん…。ここから山ノ鼻までが40分。山ノ鼻から鳩待までが一時間半らしい」
「バスの最終は17:20だ。あれ?間に合わないのでは…?」
「鳩待へのラストスパートは登りだ…。ちょっと危険かもしれない…」
また最後の人になっちゃったかもしれない。それも、バスに間に合わない人に。
でも、何故か「大丈夫、間に合うよ。いつも間に合うもん」とこの期に及んで強気の私たち。
16:00 山ノ鼻
いつもなら、ここで休憩を入れるところだが、さすがに危機感があるので、そのまま通過し、鳩待を目指す。
少々ペースを上げているのと、雨が止んで気温が上がってきたせいなのか、だんだん暑くなってくる。
しかも、随所に階段などが登場し、登りのキツさから、額から汗が次々と流れる。
「キツいけど、脂肪が燃焼している気がする」
「今日、痩せたかな」
「痩せたに決まってるじゃないか」
ポジティブだ。ポジティブに考えると、なにもかもが楽しい。
鳩待峠への道は、あちこちに「鳩待峠 ●●●m」との標識があり(10m単位で刻んでくる)ある程度、時間が読める。
残り1kmくらいになった段階で「これは行ける。余裕や」とわかり、それまで無言で黙々と歩いていた私たちも再びおしゃべりを始める。
「やっぱり、間に合うじゃないか。やれば出来る子だ!」
「間に合わない人が出ないように、地図のコースタイムはサバよんでるね、多分」
最後の石段登りを「他の山に比べれば、こんなのナンボのもんじゃい!」と気合いで登り切り鳩待峠着。16:45であった。
30分近く余裕を持って到着できた。
「やったー。なんだかんだで余裕があるじゃないの」
花豆ソフトクリームを食べる余裕まであった。花豆ソフト、美味。
久しぶりの山歩きで、とにかく楽しい1日だった。朝から晩まで満喫出来て最高。
尾瀬なので、雨でも無問題。結局1日降ったり止んだりだったが、人が少なくて、かえって良かったかも。
これから徐々に登山に行こうと思っているが、テント泊とかもいいよなー、などと新たな野望をノムさんと語りあっている。
尾瀬でテン泊もいい。
今年中に尾瀬にはもう一度くらいは行きたい。何度行っても楽しい場所だ、尾瀬は。
<コースタイム>
8:30戸倉第一駐車場…9:00鳩待峠…10:00山ノ鼻ビジターセンター…10:50牛首…12:00東電小屋…12:45見晴(食事1'15)…14:00見晴発…14:40竜宮…15:15牛首…16:00山ノ鼻ビジターセンター16:45鳩待峠