「俺たちの頂」塀内夏子
少し前になるが、某バラエティ番組で某芸人さんが人工的に作った氷の壁登攀にチャレンジしていた。
最初に取り付いた場所からほぼ動かないまま、数十分、遠吠えのように叫ぶだけでそのまま終了。
カメラマンさんがものすごく努力して、まあまあ登った風な画角で撮ろうとしてくれていたようだが、その努力もむなしく、視聴者の目にも、おそらく3m程度(もっと下かも)しか登れていなかったことは明白であった。
伝説的な大スベリ。私はそれをげらげら笑いながら観ていた。
その後、復刻した「おれたちの頂」を読んだ。
まじめで優等生の佐野邦彦とやんちゃな南波恭介が互いを無二のパートナーとして、クライミングを極めていくマンガだ。登山マンガの金字塔だという。1990年刊行。
今も昔もバディ物はイイ。熱い。戦いと友情は少年マンガの永遠のテーマである。
この作品中に、谷川岳烏帽子岩奥壁の大氷柱を登るシーンが出てくる。約200mの氷の柱を二人は密かに誰よりも早く登攀する。
すごい。マンガだけどすごい。
某芸人は多分3mも登れなかったのに。
あの無様な(?)アイスクライミングもどきを観ていたので、こんなことができちゃう2人ってすごすぎる、と感動も倍返しである。(流行にのってみたくて使ってみたけれど、使い方を間違った気がする…)
並外れた体力と技術とセンスがアイスクライミングには必要なのだ。きっと。
「普段、運動は通勤時に歩くくらいですかね」という人や「体力つけるためにジムに通ってます」という人も「筋肉は裏切りません!」という人でも、いきなり大氷柱を登るなんて無理なのである。
日頃から、クライミングの訓練をしている人じゃないと、登り切れないどころか、一歩も踏み出せない世界なのだ。
某芸人さんも「VS●」の「ク●フクライム」にたくさん出演させてもらっていれば、もうちょっと登れたかもしれないけど…。
まてよ。思い返してみると、あの番組の「ク●フクライム」を観ていると、スポーツが得意な芸能人の方は、割とぐいぐい登れている。
単に、某芸人がクライミングセンスが皆無でどんくさいだけのような気もしてきた…。彼のアイスクライミング(?)を標準として考えてはいけないのかもしれない。
まあ、そうだとしても、邦彦と恭介のコンビのクライミングセンスと二人の信頼感が無双であることは間違いないのだ。
作者である塀内夏子氏は、高校時代にワンダーフォーゲル部に所属していたそうで、クライミングシーンは細部にわたってかなりリアリティのある描写になっていると思う。
大氷柱を登る際の説明で 「ハーケンがきかないため 埋め込みボルトを使用する」とか書かれていると、私はクライミング知識がほぼゼロなので「細かいことはよくわからないけど、なんか本格的!」と妙に気持ちが高ぶる。
「ユマール」「スカイフック」なんて道具が出てきたりすると「何の用途かまったくわからないけど、クライミングの道具なのかー」と素直に感心する。
多分、かなりしっかり下調べをして書かれているマンガなのだろう。
でもその反面、物語展開は「それはドラマチックすぎやしないか!?」と思ってしまうほど、波瀾万丈である。リアリティは遠いが、その怒濤の展開にページをめくる手は止まらない。
次から次へと困難が降りかかり、山に登る度に命の危険にさらされる2人。
こんなに毎回死にそうになっていたら、邦彦君の母じゃないけど「山はやめてよね」と言わずにはいられない。たまには、予定どおり登って帰ってきてー。
しかも極めつきに、2人きりのアルパインスタイルで登ったローツェ南壁では、とんでもない結果となってしまう。(直接は書かないが、以下の文でネタバレ)
「そんなバカなー。健康診断受けたなら、結果見てからヒマラヤ行きなさいよ!」と読書中に叫ぶ私。
学生の頃、同級生の男子に「少女マンガって、なんで登場人物が死ぬの?」と聞かれて「戦いまくっている少年マンガを読んでる人に言われたくないわ。「タッチ」とかも登場人物が死んじゃうじゃないか」と激論(?)を交わしたことを思い出した。
そういえば、少女マンガの登山マンガ「こちら愛、応答せよ」(上原きみこ作)も、確か主人公の兄が山で亡くなっていた。
死の危険と隣り合わせの戦いに挑み制覇する、というドラマチックな展開がマンガに合うのだろう。映画にしてもきっとイイ。(撮影は大変すぎるだろうけれど)
でも、やっぱり、ちょっと死にすぎているような気もする。
作中では、谷川岳一の倉沢での登山者の滑落死シーンやチョゴリ(K2)での雪崩による隊員四名の死亡なども描かれる。
私のように、読んだ作品に影響されやすいタイプは「登山=壁登り=死の危険」というイメージになってしまって、「怖くて山なんて行けない」と思ってしまうのではないだろうか。
現に「こちら愛、応答せよ」を読んだ当時の私は、確かそんなことを思っていた。
今、一般ルートの登山を楽しんでいる私としては、なんとか「壁登りじゃない、道を上って頂上に行く一般ルート登山もありますよ。ザイルとか使わないですよ」と横から言ってあげたい気持ちだ。緩い登山もあるから、山をキライになったり、敬遠したりしないで欲しいのだ。
かなり長いこと、山がキライだった自分がこんなことを言う日がくるなんて、当時はまったく思わなかった。感慨深いものがある。
もっとも、人の感じ方はいろいろで、このマンガを読んで「クライミング、やってみたい。いつかヒマラヤの山を片っ端から登るぞ」と思う人もいるのかもしれない。いや、むしろ、こっちの感想の方が大半なのかも。
このマンガを読んでクライミングを始めた人はかなり多いのではないかと思ったりもする。
しかし、今のところ、「俺たちの頂」を読み終わった私は「クライミングはちょっとハードルが高すぎる」と思っている。多分、手は出さない。
邦彦くんが優しく基礎から教えてくれたら、ひゃっほーと舞い上がって、トライしてみる気持ちになるかもしれないが、今の私がアイスクライミングをやってみたら、某芸人さん以下で、1mも登れない可能性が高い。
壁に取り付くことすら出来ないんじゃないかと思う。
おばちゃんの体の重さを甘く見てはいけない。
とりあえず、いつかくるかもしれない日に備えて、筋トレとかを始めてみようかな、などとは思っている。
まずは、な●やまき●にくんの動画を見てみることにしたい。
千里の道も一歩から!
ついでに、上原きみこ作品も。