睡紫庵文庫

身辺雑記をまじえた読書雑記です。

「白夜行」東野圭吾

本邦でも近年は便器の洋式化が急速に進んでおり、公共施設のトイレでも相当の割合が洋式便器になっている。

そして、本場(?)の西欧ではどうだか知らないが、日本の洋式便器には蓋がついている。

その蓋については、閉めるべきだ、いや、開けといてもいいんじゃないかと喧々諤々の議論があるのではないかと推察するが、私個人としては、公共施設の洋式トイレの蓋は開けておいて欲しいのだ。

なぜならば、「もしかしたら、便座の中に青酸ガスが入ってるかも」との不安がどうしてもぬぐえないからだ。毎度、ものすごくドキドキして蓋をあけている。

 

東野圭吾白夜行」の中で、探偵の今枝氏はこの方法で殺害されている。

帰宅し、閉まっていた洋式トイレの蓋を開けたところ、中に入れられていた青酸ガスを吸い込んでしまい、彼は殺されるのだ。

ミステリーの殺人方法として、青酸カリはメジャーすぎる毒物だが、ガスにして吸わせる、というパターンは、私はこの小説でしか読んだことがない。

飲み物に混ぜて殺す方法が大半だ。多分、ホームズ先生もポワロさんも金田一君(孫)もコナン君もそんな事件は解決していないと思う。

しかし、作中で、青酸カリは水に溶けるか、と聞かれた典子(薬剤師)は言う。

「溶けるけど、たとえばジュースに仕込んで飲ませるというような方法を考えているんだとしたら、耳かき一杯とか二杯じゃだめだと思うわよ

「ふつうなら一口飲んで変だと思うからよ。舌を刺激するような味なんだって」

「青酸カリ自体は安定した物質なのよ。それが胃に入ると、胃酸と反応して青酸ガスを発生させる。それで中毒症状がおきるわけ」

この薬剤師のアドバイスにより、洋式トイレに青酸カリと硫酸を入れて蓋をし、青酸ガスを発生させ、それをターゲットに吸わせる、という方法が編み出されたのだ。(トイレの換気扇を回して、漏れ出た青酸ガスの臭いで気づかせない、という念入りの工夫もしている)

そんなのすぐに隙間から溢れ出ちゃって無理すぎるわ、と思ったりもするが、作中ではターゲットの帰宅直前に仕掛けているので、そのあたりのフォローも万全だ。(ちゃんと尾行している)

 

なんと、今までのミステリーの常識を覆す内容ではないか。

青酸カリと言えば猛毒で、飲み物に混ぜられた状態で一口でも口にすれば、確実に死んでしまうものだと思っていた。それが、致死量としては耳かき一杯分くらいの量が必要

だとは驚きである。

作中でも書かれているが、切手の裏に塗る程度では全然致死量に満たないのだそうだ。多分、カップに塗る方法でも致死量に満たないだろう。

また、ミステリーではワインに混入して飲ませるパターンが多いような気がするが、ワインは香りを楽しんでから少しずつ味わう飲み方をするもので(それはソムリエだけ?)、いきなりごくごく飲み干したりしないので、青酸カリには最も適さない飲み物のような気がする。

ターゲットが、ワインに口をつける前に香りをかいで「ん?…アーモンド臭が…?」と気づき、失敗する可能性が高すぎるではないか。

余談だが、毎度、アーモンド臭ってどんな臭いやねん、と思う。平均的日本人の大半は知らないと思うが、警察や探偵の皆さんは、多分、「これがアーモンド臭です」という何かの研修を受けているのであろう、と自分に言い聞かせている。

 

ごくごく一気にいく、というポイントのみに絞って考えれば、多分生ビールが一番だと思う。それも、夏の暑い日

しかし、寡聞にして、私は生ビールに青酸カリを入れた殺人が出てくるミステリー小説を知らない…。あるのかもしれないけど。

それにしても、この作品で青酸カリ殺人の限界(?)が描かれた訳だが、その後のミステリー小説でも相も変わらず青酸カリは飲み物に混入させたり、何かに塗られたりしている。

多くのミステリー作家がこの作品を読んでいるはずなのに、どうして青酸ガスの方面に舵を取らないのか不思議である。洋式トイレトリック以上のトリックが思いつかないのかしら。

なんとなく「洋式トイレに毒ガスを詰め込むなんて!」という、感覚的なうさんくささを感じる方法だからだろうか。

そういえば、ミステリー小説はガス系の殺害はあまり好まれないような気がする。にくい特定の相手のみの殺害が主流のミステリーには、ガスは広範囲に広がる感じで、なじまないのかもしれない。

 

しかし、このやり方はあまりに斬新で、確実に殺されてしまう危険な殺人方法だ、と私の記憶に強烈に焼き付いてしまった。

そして、公共施設のトイレとかだと、私がうっかりターゲットよりも先に便座の蓋を開けてしまう事態が発生するかもしれない。(むしろ、その場合は、不特定多数を狙ったケースだろうか)

閉まった洋式便座の蓋を見る度に、息を止めてそーっと開けるようにしている。

私の精神衛生上よくないので、できれば公共施設の便座の蓋はあけておいていただきたいのだ。

 

そんな私だが、家の便座の蓋は閉める派だ。

うちのトイレに青酸ガスを入れられたら、もうしょうがない。諦めるしかない。

我が家のトイレの便座はかなり前から電気であったかくなる仕様なので、電気代節約の観点から蓋は閉めているのだ。

かつて、新井理恵「×~ペケ~」を読んで「何はなくとも便座カバー」に深く共感したが、そんな時代はとっくに過ぎ去った。

暖かい便座を手に入れた私は、数十円(?)の電気代の節約のために、ガスが詰められているかもしれない新たな危険性を見て見ぬふりをしているのだ。

 やっぱり、家のトイレも開けるようにした方がいいのかな。少し、考え直してみようと思う。

白夜行 (集英社文庫)

白夜行 (集英社文庫)

 

  

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ものすごく昔に書いたもの。「何はなくても便座カバー」