巻機山~バテバテでたどり着く楽園~
巻機山は私の中で長いこと憧れの山であった。
以前、職場の人(元登山部)から「巻機はいい。登山経験ゼロの友人を連れて行ったが、すごくよかった、と感謝された」と聞いていたからだ。
ガイドブックなどを読んでみると「穏やかな山容が美しく」なんて書かれていて、一面の緑の中に登山道がすっと延びている写真を見ると「この道を歩いたら、ものすごく気持ちいいだろう」と思ってしまう。
いつか、行こう、とずっと思っていた。
梅雨明けの夏山登山の一発目にふさわしい山を考えていたときに、巻機山に行く時が来たな、と急にピンときた。
最初はソロでもいいか、と思っていたが、山の相棒ノムさんが一緒に行ってくれることになった。心強い。
上越国境の山なのだから、近いのは当たり前と言えば当たり前なのだが、昔は山を越えないと行けなかった越後の国は今ではトンネルを通る高速道路が整備されていて、とても簡単にたどり着けるのだ。
国境の長いトンネル(関越トンネル)を走りながら「田●角栄ってすごいなあ。このトンネル作る権力って、相当なもんだよ」とノムさんと感心し合う。田●角栄がいなければ、私が気軽に巻機山に登ることはなかったかもしれない。ありがとう、田●角栄。
7:20 登山口着
駐車場にはまだそこそこ空きがあった。まわりにはこれから登るという様子の登山者のみなさんがたくさんいて心強い。
コースタイムが結構長い山みたいなので、この時間の出発で大丈夫なのか少し心配だったが、大丈夫のようだ。
いや、いつも歩きはじめは人が沢山いるが、帰りには周りに誰もいなくなってしまう不思議な現象が起こるので、この時間で大丈夫なのかはまだなんとも言えない。
歩き始めは緩やかな樹林帯。ところどころ急なところもあるが、それほど大変でない。
「ずっとこのくらいの登りなら何とかなるね」などど、歩きはじめで元気があるからこその余裕な発言をしたりして、てくてく登る。
それにしても、事前に集めた情報の中に「とにかく暑い」というものが多数あったが、本当に暑い。
汗が比喩ではなく滝のように流れる。
ちょっと止まると額から汗がぽろぽろぽろっと流れ落ちるのだ。もちろん、止まらなくても、歩いている間中ずっと、だらだら流れていて、目に入ると染みて痛い。
「なんじゃ、こりゃ!(ちょっと松●優作風)湿度か、湿度のせいなのか!さすが1年中じめじめしている町、新潟!」
下山中のすれ違う登山者の方はみんな、ひとっ風呂浴びたかのように、真っ赤な顔である。
とりあえず、水は3本(ペットボトル)持ってきたが、大丈夫だろうか、と少し不安になる。私は登山中、あまり水を飲まない方なので、大丈夫だと思っていたのだが…
8:00 四合目(二、三合目はない)
8:30 五合目
9:30 六合目
六合目展望台(?)からは、上級者が登るコースのヌクビ沢(多分)が見える。
ガツンとした岩山にはまだ残雪があった。こんなに暑いのに、雪がとけないというのは不思議な気持ちだ。
「ノムさん。私、あの残雪にダイブして、顔を埋めたいよ」
「…残雪、近くで見ると、結構硬くて汚いけどね…」
「うん…。ちょっと、今暑いから…」
気温より、体感の問題か。ついつい、アホな発言をしてしまうくらい、やっぱり暑いのだった。
首に巻いた手ぬぐいは、もう、水を吸わないくらいびちゃびちゃである。
朝からてくてく歩き続けて、ふと「景色、代わり映えしないな」とつぶやき、ちょっと樹林帯に飽きている自分に気づく。
周りの木はだんだん背が低くなっているような気がするが、それでも一向に樹林帯を抜ける気配がない。
ガイドブックに掲載されている「穏やかな山容」の頂上付近へはいつ着けるのか。
「早く、湿原が見たいよ」とノムさんに愚痴ると「まだまだ先は長いよ。何しろ、ニセ巻機があるんだからね」と諭される。
そうか、そうだった…。
今回私は、事前に地図でルートも確認しているし、ガイドブックも読んでいるのだが、何故かルートがあまり頭に入っていない。とにかく憧れが強すぎて「山の上には湿原と池塘がある穏やかな緑の牧場が広がっている」というところだけ覚えていて、何合目あたりで樹林帯を抜けるとか、この間のコースタイムがどのくらいとか、このあたりは急登とか、そういうことを全然気にとめていなかった。(地図は持っているので、見ればわかるのだが)
この樹林帯を抜ければ、穏やかになるのかな、と漠然と思って、道の先をにらみつけて坂道を登る。
10:30 七合目
ようやく樹林帯を抜ける。やったー。
少しひらけたガレ場に、そろそろ「穏やかな山容」が見えてくるのかしら、などと期待する。
が、そんな私の淡い期待を打ち砕くように目の前にどーんとそびえるニセ巻機山の姿。
「やだー、あそこまで登るのやだー」
期待があったからこそ、裏切られた絶望感は深い。一気に、樹林帯登りの疲れが出てきて、次なる登りへの一歩がなかなか出ない。
そんな、ニセ巻機山を目の前にして立ちすくむ私の頭に、突然「あの坂をこえれば海がみえる」という希望のフレーズが湧いてきた。
山を登っているときに、よく思い出すフレーズだ。確か、国語の教科書に載っていた。
海を見るために坂を登るのだが、その先にはまた坂があるばかりで一向に海が見えない。それでも、少年は海を見るために先に進んでいく、というような内容だった。多分。
この先には確実に巻機山の頂上があるのだ。見えるかどうかわからない海よりも遙かに状況はいいのだ。
私も頑張って登る。あの坂を登れば巻機山の「おだやかな山容」だ。
ようやく、自分を奮い起こして先に進む。
多分、大量の汗で脱水症状気味だったのだろう。
気持ちも新たにニセ巻機を登り出すが、絶不調。ものすごく疲れる。
しかも、お腹を下しそうな気配も感じる。
もし、ソロで登っていたら、多分ここでリタイアしていたと思う。
しかし、下痢止め飲んでみようかな(一応持ってる)、と休憩した際に、多めに水を飲み、梅干しを食べたところ、一気に回復。薬を飲まずに、お腹も復調。
おそらくガスが出てきたので、涼しくなったこともよかったのだろう。
「ノムさん、心配かけたが、多分もう大丈夫だ。先に進む力が急に湧いてきたよ」
へろへろな私に心配そうであったノムさんに、力強くうなずいて、先に進むことが出来た。
自分は暑さには強い、と勝手に思っていたところがあったのだが、過信であった。
ちゃんと暑さ対策して、体力も付けねば、と歩きながら反省しきりである。
次からは水を多めにもって、万が一に備えて冷えピタとかも救急セットに入れておくことにする。
11:30 八合目
ここからが地獄の追い込み白い階段ゾーン。
「この期に及んで階段!」
「階段大嫌い!」
体調が復調しているので、ノムさんとのアホな会話もいつもどおりである(?)
持つべきものは友だなあ、と会話をしながら実感する。キツい登りでも、軽口をたたいていると楽しくなるのだ。
12:00 ニセ巻機 山頂。そして、九合目。
ようやくたどり着いた。「ニセ」巻機山であることはわかっているが、ここまでが辛かったのでものすごい達成感である。
ハイテンションで写真を撮りまくる。楽しい。もう、このまま下山してもいいくらいだ。いや、せっかくここまで来たのだから、本当の巻機山を目指すに決まっている。
そして、ようやくここからが私が憧れた「おだやかな山容」の湿原が広がるご褒美ゾーンなのだ。
ニセ巻機山からの下り道は木道が設置されており、両側の湿原に白いワタスゲが揺れる。
運良くちょうど晴れて、青空に白い雲、緑の湿原に揺れるワタスゲ、という桃源郷のような景色が広がっている。
ハイジがユキちゃん(子ヤギ)と一緒に駆けて来そうである。
「ふわふわタイム!ふわふわタイム!」
山頂からのハイテンションのままに、写真を撮りまくるノムさんと私。
「予定から大幅に遅れているんだから、写真撮りまくったりするのやめればいいのにね」
「でも、やめられないよね。これがしたくて山登ってるんだもんね」
苦労してたどり着いた先にある、圧倒的に綺麗な山の景色は中毒性がある。
これが、車やらロープウェイやらで簡単に行ける場所にあるのではなく、自分で一歩一歩歩いてきた先にある、というのがいいのだ。
ここまで来ることができて、本当に感謝である。
ふわふわゾーンで大満足していたのだが、まだまだ頂上への道は遠い。現実は厳しい。
12:15 避難小屋
ここですれ違った人は、みんな下山組であった。
そりゃそうだよね。お昼過ぎてるのに、これから頂上に行く人、あんまりいないよね…。
でも、私たちはもうちょっと頑張るのだ。
避難小屋はニセ巻機山とホンモノの巻機山の鞍部になっていて、これから登るルートがしっかり見える。
「まだ、結構登るじゃないか…」
と言いつつも、もうここまで来たら、このくらいの登りは誤差の範囲(?)である。今更ジタバタしても仕方がない。
12:50 山頂標
ついに到着である。長かった。
朝から、なんと五時間半かかった計算だ。途中、絶不調だったので、いつもに増して遅い。
ここでようやくお昼ご飯をそそくさと食す。
地図上ではこの先の牛ヶ岳までがルートになっていたので、そこまで行くつもりでいたのだが、時間も押しているし「巻機山山頂」の標識までとりあえずたどり着けたので、今日はこれでよしとする。
13:30 ご飯を食べ終わって、帰路に着こうとしたところ、他の登山者の方がやってきて(割引岳に登ってきたみたいだった)「本当の山頂はここから10分くらい」と言っているのを耳にしてしまった。
「…10分。本当の山頂まで10分」
「行きたいところだけど、その往復で、ここを起つのが14:00になってしまう。冷静になろう」
「断腸の思いで、今日はここまでにしとこう」
さすがに、遅すぎている自覚があるので、そこはぐっと思いとどまった。
次に来る時の宿題にしよう。
「今日も下山目標は18:00。それまでには絶対」
ここからピストンで下山する。
通常の登山行程では、完全に怒られるレベルの目標だが、仕方がない。
夏だから、多分なんとか日は保つだろう。一応、二人ともヘッドランプ持ってるし。
七合目のニセ巻機下山までは、「また、周りに人が全然いなくなっちゃったねー」などと楽しく下山した。
しかし、そこからの樹林帯下りが長く苦しかった。
気持ちが焦っているので、全然進んでいないような気がするのだ。気持ちの持ち様って本当に大きく影響する。
そして、標高が下がると、また汗が滝のようである。暑い。
17:30 日が落ちる前に、なんとか駐車場に到着できた。よかった。
残りの車は私を含めて2台。(もう一台の方は、ちょっと前に下山した方のようだった)
今日は、嘘ではなく本当に最後の登山者になったようである。
今日の反省点。
振り返ってみると、職場の人の「登山経験ゼロの友人を連れて行った」発言及び「穏やかな山容」という文言に、うっかり騙され「割と気軽に登れる山」だと思いこんでいたのがそもそもの間違いであった。
地図も事前に確認していたにも関わらず、とんでもない楽観的思考から、ルートをよく把握していなかった、というのも問題だ。
そして、熱中症になるかもしれない可能性を全く考えていなかった。水、もう1本持って行くべきだった。3本は飲み干した。
何の気なしに持って行った梅干しはポテンヒットだったが、熱中症対策には最高。次回以降、必ず持って行くことにする。
下山の樹林帯が、長く辛かったので(急いでいたので、余計苦しかった)「ひょっとしたら、私、もうこの山絶対行きたくない」と思うんじゃないかな、とふと考えてしまった。
全くの杞憂であった。
帰りの車の中では「次に登るときのために、もっと体力つけなくちゃ。ゼリー凍らせて持って行くのはどうだろう」などど、ノムさんと楽しく会話している自分がいた。
のどもと過ぎれば暑さ忘れる…。
ニワトリ並の自分の記憶力に乾杯だ。
巻機山にまた行きたい。
<コースタイム>
7:20登山口…8:00四合目…8:30五合目…9:30六合目…10:30七合目…11:30八合目…12:00九合目(ニセ巻機山)…12:15避難小屋…12:50山頂標(40分昼食)…14:00避難小屋…14:15九合目(ニセ巻機山)15:00七合目…17:30登山口着